【本】『 タイム・マシン 』感想~人類が幾世代にも渡って最適化した、その先へ。

タイム・マシン(創元SF文庫―ウェルズSF傑作集)

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評価:

人類が80万年にわたり社会を営んだ果てに広がる世界と生物の様子は、100年以上前のアイディアといえど古さを感じさせない。文体が独特で読みづらいところもあるが、表題の「タイム・マシン」の前にいくつか短編が入っているので、ここで「ウェルズ語」に慣れてから本丸の時間旅行に挑みたいところ。

世界や人類の変容に対する推理小説が、好奇心を喚起する

近年の作品によくある、短期間の目まぐるしいタイムスリップの繰り返しや歴史改変といった展開はみられない。物語は、主人公がタイムマシンを使って行き着いた80万年後の世界における人類の姿形・生態に、関心と描写が寄せられる。

主人公が未来世界を歩く過程で、人類の進化と社会の発展・荒廃の中で起こったことを想像する試みが、世界や人類の変容に対する推理小説のように仕立てられていて面白い。未来人から歴史を教わったり、歴史が記録された媒体に触れたりするのではなく、未来を歩いて自分の目で見た情報を基に仮説を立てる。そして新たな情報に触れる度に、その仮説も検証・改定されていく。

80万年先の遠い未来でも、それが異世界ではなく私達の時代から繋がる1本の歴史の上にあるという事実が考察に組み込まれることで、そこに至るまでの時代にも簡易的にタイムスリップしたような感覚をもたらす仕組みはよくできている。さらにいえば、描かれる未来は「人類このまま加速していくと、未来はこんな風になっちゃうよ」という著者の思想・主張の鏡だ。ここから、著者が生きた100年前のイギリスで人々が営んでいた社会の構造も窺い知ることができる。読者は80万年先の世界を踏み台にして、100年前~80万年先までの分厚い歴史の断面を垣間見ることができるのだ。

正直、読む前は古典と思って侮っていたのだけど、イマドキの時間旅行SFとは切り口が違っていて新鮮な気持ちを得た。古い作品かつ著者の独特な書きっぷりならではの荒削りで素っ頓狂な展開もあるが、それを補って余り有る魅力はあったと思う。

本作について、ネタバレありのセクションを記事の終わりに追記しておく。よかったら、どうぞ。

関連作品

100年越しの続編

ちなみに本作には、100年越しに書かれた続編「タイム・シップ」がある。当然、本作の著者H・G・ウェルズは亡くなっているので著者は変わっているが、ウェルズの遺族公認で制作・刊行したとのことだ。

「タイム・マシン」のすぐ後から始まる物語で、スケールの大きさが尋常ではなく圧倒されまくったので、近々感想を書きたい。

実写映画

本作は何度か映画化されている。2002年版のものを観たのだが、わりとお粗末だったので別立てで感想記事を書いておきました。

リンク

「タイム・マシン」以外の収録作品 感想

各々、簡単にコメントだけ残しておく。「タイム・マシン」に至るまでの短編たちは、ぶっちゃけ見劣りする感じの作品ばかりなのですっ飛ばしたいところ。けれども、最後に控える「タイム・マシン」を読むときに、独特で読みづらいウェルズ語に振り回されず物語に集中するための練習問題としては、有用といえるのかな。

塀についたドア

忘れかけていた大切なものを心に留めておくとか、人生における大きな選択といったもの。あるいはノリにノッてる時、「今はやめてよ!集中させて!!」というタイミングに限って訪れる重大な転機。

確かに人生にはそういう原則みたいなものがあって、それを描いてるフシもあるし、単に「モルダー、あなた疲れてるのよ」的な話にも見える。短編集のトップランナーにしては、ちょっと一見さんお断りな感じの、掴みどころの難しい作品だった。

奇跡をおこせる男

「塀についたドア」から一転、お馴染みの超能力モノでストーリーも明快で面白い。これを本書の冒頭作品にしてもよかったのでは。

奇跡なんて起こした時点で私たちを縛り付けている物理法則なんて無視されるものだが、ちょっとした物理現象の見落としでエラいことになる場面は笑った。

この話に限らず、シンプルに差し込まれた一文で、この出来事は読者が住む世界で本当に起こったことだと思わせるテクニックも面白い。ラストは無限ループなのか?と一瞬思わせるが、読者の住む世界は無事に2000年代に突入しているので、ループはしていないのだろうと思う。

ダイヤモンド製造家

「こんなやつが居たんだよね。言ってたことが本当だったらすごいんだけどさ。結局どうなったんだろうね」で済む話。

イーピヨルニスの島

ドラえもんの普段の放送でやってそうな小噺。

水晶の卵

色々とノイズが多い物語ではあるけこ、未知のものについてワクワクする心をくすぐる作りになっている。

「タイム・マシン」の感想(ネタバレあり)

関連作品とかオマケの短編に話が逸れたけど、「タイム・マシン」のネタバレなしのセクションで書ききれなかった内容を少し。

未来を描くフィクション作品において、搾取する側とされる側を住む場所からして明確に分ける構図は一般的だ。しかし、搾取する側・される側に二分された人類が数十万年に渡り「最適化」した末、容姿や身体機能に大きな違いが現れるというのは面白い。ここには「現代にみられる、階層・分断・搾取といった言葉で表現される社会構造が今後も広がっていくのなら、こうなってもおかしくないな」と思わせる説得力がある。

最適化と簡単に言っているが、生物が進化の過程で獲得する形質がどう選択されるのかという問いには複雑な議論があったはずだ。自然選択説とか、何とか……。

とにかく、行き過ぎた最適化の末、二種の新人類の立場は逆転する。搾取される側の人類が、いつの間にか搾取する側の人類を畜産し、収穫・捕食するようになるショッキングな社会構造。さらに、その構造さえも維持する知能がなくなり、後は人類まとめて滅びに向かう一方だという救いの無さ。

そういえば、科学技術の発展と社会の成熟の果てに「考えなくていい社会」を実現した結果、全体として滅びに向かってゆくという描写はレイ・ブラッドペリ著「華氏451度」の舞台作品でもみられたものだ。

現代でも、女性の教育水準向上や社会進出の広がりと出生率の低下はワンセットではないかとみられるフシもあり、社会が進んだ結果として社会そのものを維持できなくなっていく様は、紛れもなく現実の問題だなぁと遠い目をして今回は終わりにしておく。

以上。
ほな、また。

タイム・マシン 作品概要

1895年(創元SF文庫―ウェルズSF傑作集としての刊行 1965年)
原題:The Time Machine
作:H・G・ウェルズ
翻訳:阿部 知二

●創元SF文庫版 収録作品
「塀についたドア」
「奇跡をおこせる男」
「ダイヤモンド製造家」
「イーピヨルニスの島」
「水晶の卵」
「タイム・マシン」

あらすじ

タイム・トラベラーが冬の晩、暖炉を前に語りだしたことは、巧妙な嘘か、それともいまだ覚めやらぬ夢か。「私は80万年後の未来世界から帰ってきた」彼がその世界から持ちかえったのは奇妙な花だった……。
(角川文庫サイトより引用。
創元SF文庫の物ではないが、適当なものが無かったので。)

コメント

  1. […] 【本】『 タイム・マシン 』感想~人類が幾世代にも渡って最適化した、その先へ。 […]

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