【日記】舞台「ハムレット」観劇(ジョン・ケアード演出 内野聖陽主演)

2017-05-30LIVE・舞台等, 日記ハムレット, 舞台

Pocket

おはようさんでございます。ふれいぶです。
GWからずっと、あれやこれやと劇場やLIVE会場へ足を運んで芸術を楽しんでいるので、そろそろ初夏の芸術シリーズとして記事に残しておきます。

舞台「ハムレット」観劇

初夏の芸術第1弾は、ジョン・ケアード演出、内野聖陽さん主演の舞台「ハムレット」。
当方舞台には詳しく無いので演出の方はよくわかってませんすみません。

あまりハムレット感の無いポスター

劇場は兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール。
2階席から見下ろす形となり、皆さん前後左右によく動くのがよく見えました。

ストーリー自体の話。

話はいつものハムレット、のはず。誰も幸せにならない!

400年から前に書かれて親しみ続けられているシェイクスピア大先生のハムレットを挙げておいて、
今更ストーリーの感想もネタバレも無いのだとは思います。
事前に予習をしておけと渡されていた本は、戯曲を活字で読むのは何ともコレジャナイ感じがして我慢ならなくて冒頭28ページのみ読了。
観劇に影響は無く、話はすんなりと理解出来ました。

しかし何とも、悲劇ですね。
誰も居なくなった後に王座ポジションにおさまったフォーティンブラス以外は誰も幸せにならない。

ハムレット王子およびクローディアス王はそれなりに自業自得感はありますが、
本当にただ巻き込まれただけのオフィーリアとレアティーズなどは可哀想だし、
偉い人の言う通りにしただけのギルデンスターンとローゼンクランツなどは、
「アイツら気に入らねぇから死んでもらうことにした」レベルで、しかも「アイツら死んだらしいよ〜」というノリで舞台の外で退場させられるという。
(死んでもらうことにした時のハムレット、内野聖陽さんの悪そうな顔!)

「○○がもうちょっと○○していれば、こんなことにはならなかった」が全編にわたって散りばめられていて、悲しい。
ホレイショーだけは全編通して常識人で、彼が助かったのはシェイクスピア大先生の良心なのかといえばそうでもなく、
あれだけの悲劇を全部背負い語り継いでいく大役を負わされて生きる羽目になったからやはり鬼畜です。
PTSDにならないわけがない。

観終わったところで「ストーリーが感動的だったねぇ!」などとはなるはずもありませんが、しかし。
無数の「なんでそうなるんや!」で編み上げられたこの悲劇を、豪華な役者さん達が集って全力で演じる贅沢な時間と光景を作り続けるためにも、
あと400年ぐらい残っていても良い作品だと思いました。

主人公属性を持ちつつも主人公になれなかった男

さて、登場人物ほぼ全滅の勢いで死の宴が繰り広げられた直後。
誰も居なくなった王座に腰を降ろした隣国の王子フォーティンブラスは「俺が来る前に一体ここで何があったらこうなるわけ?」と、
唯一の生き残りホレイショーに事の経緯を説明させます。
傍から見れば、たなぼた的な感じで自らの敵国の王座を手に入れたフォーティンブラスは「良い思いをしている」と捉えられますが。

しかしながら私としては、彼は彼で、悲劇的な境遇にあると思わざるを得ないのです。
だってハムレットより主人公っぽい要素揃ってるのに主人公じゃない。

ハムレットと同様、王たる父を亡くした身であり、恨むべき相手が居るという点で境遇は似ています。
しかしハムレットが自ら述べる通り、どう見てもフォーティンブラスの方がハムレットよりも前向きであり、力強く、行動力に満ちております。
兵をかき集めて隣国に攻め入る様は、身内1人殺すのにウジウジしていたハムレットよりもよっぽど主人公らしい。
しかし、そんないかにもありふれた主人公が主人公をやったって、作品が数百年も残ったりしないでしょうね。

仮にフォーティンブラスが主人公であったとして、最大の見せ場となるはずの隣国王襲撃の場面を想像すると。
血気盛んに王の間に攻め入ったら、既に敵が皆勝手に争いあって死んでいた、というのでは、話の盛り上げようがありませんね。
奇跡体験アンビリバボー的な特集だったら、
「王の間に踏み込む前に一体何があったのか。物語は数か月前に遡る。
デンマーク某所……」
と、やはりハムレットを主人公とした物語が本編として始まってしまうのです。

フォーティンブラスはあがいても主人公にはなれそうにない……

今回の舞台のこと。

せっかく舞台を見たので、今回の演者さんならではの要素も書かねばなりません。
第一印象として、シェイクスピアのわりには非常に親しみやすい作品になったと思います。

悲劇の歯車が本格的に回り出す前の各人の演技は非常に柔らかく温和で親しみやすく、「シェイクスピアって難しそう」との不安を取り払うには十分な導入となっていました。
この作品で描かれる悲劇さえ無ければ皆幸せに暮らせていたのだ、という印象を強める効果もあったように思います。
笑いを誘うような場面を作ることに頼らず、演じる役の素の性格を見せてそれをやっている点が真面目ですね。

國村隼さんが演じたクローディアス王は悪役でありながらも、ガートルードへの愛情の示し方やレアティーズの可愛がり方などを見ると、「なんだこの人良い人じゃん」とまで思えます。
如何にも悪役、という演じ方では生まれない、「こんな人が何故実の兄を殺すに至ったのか」を想像する余地みたいな物が生じて面白いです。

主人公ハムレットを演じた内野聖陽さんはセリフの量が尋常でないながらも見事に演じきり、それだけで凄い。
加藤和樹さん演じるレアティーズとの決闘シーンもハイスピードなアクション満載で凄まじかったです。
内野さん自身が醸し出す力強さと迫力もあって、前半のナヨナヨ状態なハムレットには合ってないような気はしつつ。
しかし迷いを捨てた後の、やれば出来る強いハムレットのピッタリ感はさすがでした。

ホレイショーを演じた北村有起哉さん以外は皆1人2役を担っており、それぞれ受け持つ2つの役が鏡写しのようにになっていたり、死んだ後に別の人間として墓から出てきたりと、組み合わせが面白くて見応えがありました。
トータル10分も出ないようなフォーティンブラスの役どころは、出番が少ない割に主役と同等以上の力強さを表現せねばなりませんが、それをハムレットを演じる内野聖陽さんにやらせてクリアしてしまうあたり、上手いことやったなぁと。

舞台はよいものだと改めて。

他にも色々書くことはあるのでしょうが、私自身がそろそろ力尽きました。
舞台観劇は学生時代に学校の行事?で行ったもの以来ですが、やはり良いです。

映画では味わえない生のエネルギーの奔流みたいな物がグッときます。
あまりリーズナブルな趣味ではありませんが、定期的に舞台観劇楽しみたいですね。

長文お付き合いいただき、ありがとうございます。
初夏の芸術シリーズは後2つ残っております。
(6月中旬も初夏に含むなら3つかもしれない)

ほな、また。