ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
ものすごくうるさくて、ありえないほど近い 作品概要
2011年 アメリカ
原題:Extremely Loud & Incredibly Close
監督:スティーブン・ダルドリー
キャスト:
トム・ハンクス
サンドラ・ブロック
トーマス・ホーン
マックス・フォン・シドー
字幕翻訳:今泉 恒子
911の同時多発テロで、大切な父(トム・ハンクス)を亡くした少年オスカー(トーマス・ホーン)。ある日、父の部屋に入ったオスカーは、見たことのない1本の鍵を見つける。その鍵に父からのメッセージが託されているかもしれないと考えたオスカーは、この広いニューヨークで鍵の謎を解くため旅に出る。
(yahoo映画より引用)
総評
評価:
人より神経が過敏な男の子が、9.11テロ1で亡くした父との繋がりを保つために、父の遺品に纏わる謎の答えを求めて街に出ていく。
彼は鋭敏さ故に色んなことに傷つき、また正直さ故に他者を傷つけ、心がボロボロになっていく。そんな旅を2時間追随するのは、観ている側にはしんどい部分もあった。
けれども、主人公が旅の道程に確かに得たもの・確かに最初からあったものに目を向けた時、不安と恐怖に抑圧されて凍り付いた観客の心もゆっくり融けていく。
当たり前の日常の価値や家族愛、人の絆や思いやり。人生における基本中の基本に改めて目を向ける機会として、是非鑑賞いただきたい映画だ。
感想(ネタバレ無し)
神経の過敏な、生きづらさを抱えた子の奔走
主人公の少年オスカーは、外からの刺激や情報を人よりも鋭敏に受け取ってしまう。
ラベル付けをするならアスペルガー症候群とか自閉症とか色々とあるのだろうが、とにかく過敏なのだ。
人混みや町並み、あらゆるヒト・モノが発するノイズを、常人の何倍にも増幅して受け取ってしまう彼の息苦しさ(生き苦しさ)が観客にも伝わってきて、どうにも居心地が悪い。
対人関係においても、自らが傷つく・人を傷つけることに安全装置を持たない彼には、生きづらさを感じる場面が多くなってしまう。
そんなオスカーの良き理解者であり、道標であり、親友であった父が、9.11同時多発テロ事件に巻き込まれて命を落としたところから、物語は始まる。
父が残した謎を解くために、謎と共に残されたヒントを頼りに街へ繰り出し、知らない人の所へ出向いていく。
ただでさえ生きづらさを抱える少年がそんな冒険に出れば、被るストレスや負担の大きさは計り知れない。私も何度「もういい。もういいから、そんなに傷つくな…」と目を背けたくなったことか。
オスカーにとって旅を続ける目的が「父の死を乗り越える」ことではなく「父との繋がりを保つため」であることも、またつらみを生み出す要素となっている。
謎を解くための奔走が父を近くに感じる術なら、謎は解けない方が良いのではないか。そもそも謎の答えはこの世に存在するのか。答えが無いなら、彼はずっと前に進めないまま、終わりの無い旅を続けてしまうのだろうか。
そういった、旅の果てに向かって漂うどんよりとした不安も、劇中で毎日繰り広げられる苦境に加わる形で観客の心を蝕んでいく。
観れば観るほどにつらさが目立つのだが、それでも救いはあると信じてオスカーの旅と向き合い続けた先に待つ結末には、そうするだけの価値があったと思う。
ちなみに、オスカーと同様に神経が過敏な性質を持つ人がこの映画を観ると、相当ツラいシーンも多かったようだ。
そういう性質で発作が起こりやすい人は、画面と音を小さめの環境を用意するとか、家族と一緒に観るなど対策をしておきたい。
皆が何かを抱えて生き、守りたい日常がある
主人公オスカーは、普通なら躊躇うようなことを相手にズバッと聞くし、言葉をオブラートに包むことも知らない。
しかし劇中で出会う多くの人が、自分の心に土足で踏み込んできたオスカーを受け入れ、自らが抱えるものを吐露する。それが9.11に関係が有ると無いとに関わらず、普段は他人に見せることのないわだかまりを、各人が晒け出す。旅の途中で出会う彼らの述懐が積み重なって、物語はオスカーから見える世界に留まらない広がりを見せていく。
そして観客もオスカーが触れる人々の表裏を見るにつけ、誰もが守りたい日常を持ち、守りたかったのに失ってしまった日常、無理だとわかっていても考えてしまう「もしも」があることを思い出すのだ。
物語が後半へ向かうにつれ、当のオスカーも、まだ誰に向かっても叫んでおらず、まだモノローグとして語ってもいない事柄を抱えていることが明らかになる。
これを語るオスカーの様子が、自分の心をナイフでズタズタに抉っているようで、またつらい。
(もうつらいつらいばっかり書くのは止めにする。どのつらさも、間違いなくオスカーにとって必要なステップだ)
オスカーと、オスカーに触れる人々が現実と向き合う様子から、ひとつの自問が心に突き刺さる。
私たちは映画タイトル通りの「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」ところにある大事な日常、大切な人に対して、自らが報いていると言えるだろうか。
いつもそんなことを考えて生きていると疲れてしまうけれど、時々は立ち止まってその辺りを思案出来る人生でありたいし、本作はそのための絶好のツールになるはずだ。
あとがき:鑑賞に向いてない人
ここまで書いておいて言うのも何だけど、以下の条件に当てはまるお客様には、おすすめしにくいのかもしれない。
- アスペルガー症候群とか自閉症といった性質の人間に拒否反応がある
- アメリカの街を子どもが1人でうろついて無事に済むはずがないと気になってしまう(= リアリティが無いドラマに冷める)
1を克服し得るような映画でも無いように思うし、2はごもっともではあるけれど、もう少し作品の受け手としては器を大きめに持っておきたいね(自戒も込めて)
以上。
ほな、また。
- 2001年9月11日、ニューヨークのワールド・トレード・センター(世界貿易センタービル)および米国防総省へ、ハイジャックされた旅客機が相次いで衝突したテロ事件。実行者は当時ウサマ・ビン・ラディンが率いていたイスラム過激派テロ組織「アルカーイダ」とされており、色々と血が流れましたが詳細は他稿に譲ります。 ↩
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